MMAにおけるチョークとCTE(慢性外傷性脳症)との関連をめぐる議論
昨年、ある医師グループがCTE(慢性外傷性脳症)を発症した総合格闘家を対象とした事例研究を発表しました(Lim, Ho, and Ho“Dangers of Mixed Martial Arts in the Development of Chronic Traumatic Encephalopathy(CTEの発症におけるMMAの危険性)”,International Journal of Environmental Research and Public Health 16:254,2019)。(リンクの記事“Choking identified as potential contributor to cognitive damage in MMA” 参照)
この研究では、打撃による脳の外傷に加えて、MMAにおける頻繁な窒息がCTE発症に関与している可能性があると示唆され、MMA関係者に衝撃を与えました。
これに対して、ごく最近、救急救命が専門のStellpflug博士が、同研究の結論には裏付けとなる文献が欠如しているとの見解を発表しました。概要は次のとおりです。
著者たちは、チョークによる窒息の繰り返しが低酸素性虚血性脳損傷(HI-BI)をもたらし、CTE発症に影響を及ぼす可能性を示唆している。心肺停止、呼吸不全、一酸化炭素中毒など、脳から酸素が奪われる過程におけるHI-BIの発症に関する文献を引用している。そして、事例の患者が神経心理学的検査において成績の低下を示したことから、この低下の原因が繰り返しの窒息によるHI-BIである可能性について述べている。
この論文の問題の一つ目は用語の問題である。著者らは「窒息(asphyxia)」の語を繰り返し使用しているが、窒息は通常、呼吸の閉塞による酸素の欠乏を表す。MMAでも起こりうるが、チョークの主な目的・効果は、頸動脈および頸静脈を閉塞することである。これは、無意識〔失神〕(5〜10秒でそれに至る)の前に降参させるのにより効果的で安全な方法である。著者はチョークという語を数回使用しているが、実は、窒息について説明している。彼らは、瞬間的に窒息すると述べているが、正しい技術では血流だけが遮断され、気流は遮断されない。また、トレーニングパートナーとの相互の実践において、実際に無意識〔失神〕が起こることは非常にまれである。
もう1つの問題は、血管頸部の圧迫(またはチョーク)の説明と、潜在的な神経障害との間の論理的なギャップである。彼らは、MMAアスリートが頻繁に一過性の窒息等を経験しているので、HI-BIがMMAアスリートに発症する可能性がある、とする。しかし、文献における裏付けは、心停止などの深刻な低酸素の過程との比較に依存している。このような比較が成立するのは、競技者や審判がまったく普通ではないような行動をしている状況しかない。MMAに限らず、柔術、柔道、キャッチレスリングにおけるチョークの学習では、口頭または物理的なシグナルで「タップ」をし、無意識〔失神〕に陥る前に解放される。ちなみに私は、症例の選手と同じような練習を何千回と行っているが、意識を失ったのは3回のみで、その後の症状は現れなかった。グラップリングまたはMMAにおける戦いでは、タップしたとき、あるいは失神のため審判が試合を停止したときに解放される。また、無意識〔失神〕が起こった場合、それは短時間であり、本質的に永続的な症状にはならない。比較すべきは、心停止または完全な呼吸不全ではなく、短時間で改善する失神による症例である。著者らが説明しているように、外傷性頭部外傷とCTEの関連性を裏付ける文献はあり、数を増やしているが、CTEやHI-BIとMMAおよび格闘スポーツにおける窒息テクニックの反復実行とに関連する文献は存在しない。